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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)270号 判決 2000年6月29日

原告

株式会社アマダ

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

被告

特許庁長官【E】

指定代理人

【F】

【G】

【H】

【I】

【J】

主文

特許庁が平成9年審判第12860号事件について平成11年7月14日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年2月9日に発明の名称を「切断装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(特願平1-28691号)をしたところ、拒絶査定を受けたので、平成9年8月7日に拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成9年審判第12860号事件として審理した結果、平成11年7月14日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同月26日原告に送達した。

2  本願発明の特許請求の範囲

切断位置の一側に、切断すべきワーク(W)を把持自在の本体バイス(7)を設け、前記ワーク(W)の送材作用を行う送りバイス(9)を、前記本体バイス(7)に対して接近離反する方向へ往復動可能に設けてなる切断装置において、前記送りバイス(9)によってワーク(W)を保持して本体バイス(7)に近接する方向へ送材するとき、ワーク(W)の先端部を当接して位置決めするためのストッパ(31)を前記本体バイス(7)における移動バイスジョー(7M)に設けてなる切断装置。

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、本願発明は、特開昭63-47013号公報(以下「引用例」という。)記載の発明及び周知慣用の技術的手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると認定判断した。

4  本願発明の概要

本願発明に係る明細書(甲第2号証)には、本願発明について以下の内容の記載がある。

(1)  「(産業上の利用分野) この発明は、切断機でワークを切断する際、ワークの端部を自動的に位置決めしてワークを切断することのできる切断装置に関する。」(1頁13行ないし15行)

(2)  「(従来の技術) 従来、切断機でワークの先端切りのために切断する際には、ワークの端部を位置決めする必要がある。このワークの端部を位置する方法としては今までに種々な位置決め手段が知られている。・・・(E)切断機の後方に別個の送材装置を設けて、この送材装置でワークを送って例えば送りバイスに突当て、その位置を原点位置として送りバイスなどで送って位置決めする方法。」(1頁16行ないし27行)

(3)  「(E)の方法では、切断機本体の他に別の送材装置を設けていて、ワークを送りバイスに(判決注・「ワークに送材装置を」とあるのは誤記と認める。)突当ててつかむので、つかむときに寸法誤差が生じるという問題があった。この発明の目的は、上記のごとき問題点を改善する・・・ことにある。」(2頁11行ないし16行)

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由【1】、【2】は認める。同【3】は、一致点の認定(4頁7行ないし13行)を認め、その余は争う。同【4】は争う。

審決は、相違点を看過し(取消事由1)、相違点についての判断を誤った(取消事由2)ものであって、その誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(相違点の看過)

本願発明は、「前記送りバイス(9)によってワーク(W)を保持して本体バイス(7)に近接する方向へ送材するとき、」(以下「構成要件A」という。)の構成を備えている。審決は、この構成要件Aを、本願発明と引用例記載の発明との一致点としては認定していない。他方、審決は、構成要件Aの存否を相違点にも摘示していない。このように、審決には、構成要件Aの存否という相違点を看過した誤りがある。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

(1)  審決は、「ストッパを設けるにあたり、本体バイス側に設けたものは、本件出願の出願前において周知慣用の技術的手段である。」(5頁3行ないし5行)と説示したが、誤りである。

審決は、「ワークの先端部を当接して位置決めするためのストッパをバイスにおける移動バイスジョーに設けるにあたり、本件出願の発明においては、本体バイスにおける移動バイスジョーに設けたのに対して、引用例に記載された発明においては、送りバイスにおける移動バイスジョーに設けた点」(4頁15行ないし5頁1行)を相違点としてとらえ、「本体バイスにおける移動バイスジョー」と「送りバイスにおける移動バイスジョー」とを相対立するものとして記載している。したがって、相違点についての判断における上記「本体バイス側」とは、対立するものの一方である本体バイス側における移動バイスジョーを指しており、正確には、「本体バイスにおける移動バイスジョー」と記載すべきところを簡略に記載したものと理解されるのである。

しかし、本体バイスにおける移動バイスジョーにストッパを設けることは、周知慣用の技術的手段ではない。被告の提出した乙号各証に記載されたものは、本体バイスにおける移動バイスジョーにストッパを設けたものではなく、送りバイスから見て本体バイスの位置する方向にストッパを設けたものにすぎない。

(2)  引用例記載の発明のストッパ(初期位置設定をする検知機構)は、送りバイス(定寸バイス)における別の給材装置側にのみ設置することができるものであって、他の部位には設置できないから、引用例には本体バイスにストッパを設置することの起因ないし動機付けとなる記載がない。したがって、引用例記載の発明を、ストッパを本体バイスに設けるものに変えることは容易ではない。

第4被告の反論の要点

1  取消事由1(相違点の看過)について

構成要件Aは、ワークの先端部を当接して位置決めするストッパの構成を、送りバイスの動作に関連させて機能的に表現して限定したものである。そして、ワークの先端部を当接して位置決めするためのストッパは、相違点として認定したとおり本体バイスの側にこれを設ければ、その結果として、当然に、送りバイスによってワークを保持して本体バイスに近接する方向へ送材するときワークの先端部を当接して位置決めするストッパとして機能することとなる。

そして、審決は、本願発明がストッパを本体バイス側に設けたという点を相違点として認定しているから、構成要件Aは、それによって相違点として掲げられているのである。審決に相違点の看過はない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

切断位置の一側に切断すべきワークを把持自在の本体バイスを設け、前記ワークの送材作用を行うバイスを、前記本体バイスに対して接近離反する方向へ往復動可能に設けてなる切断装置において、「ストッパを設けるにあたり、本体バイス側に設けたもの」は、例えば、特公昭48-36237号公報(以下「乙第1号証刊行物」という。)、実願昭50-152967号(実開昭52-65992号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下「乙第2号証刊行物」という。)に記載されているとおり、本願出願前における周知慣用の技術的手段である。

ストッパを設けるに当たり、バイスそのものにストッパを設けることは、移動バイスについてではあるが、引用例にも記載されている。ストッパを設けるに当たり、本体バイスそのものに設けた点は、当然に選択される事項である。

したがって、相違点に係る本願発明の構成は、前記周知慣用の技術的手段を引用例記載の発明に適用することにより当業者が容易に想到することができたものである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

(1)  審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点を「ワークの先端部を当接して位置決めするためのストッパをバイスにおける移動バイスジョーに設けるにあたり、本件出願の発明においては、本体バイスにおける移動バイスジョーに設けたのに対して、引用例に記載された発明においては、送りバイスにおける移動バイスジョーに設けた点。」(4頁15行ないし5頁1行)と認定したうえで、「ストッパを設けるにあたり、本体バイス側に設けたものは、本件出願の出願前において周知慣用の技術的手段である。」(5頁3行ないし5行)として、「この相違点において掲げた本件出願の発明の構成のごとくすることは、当業者が容易に想到できたものである。」(5頁15行ないし17行)と判断した。

上記のとおり、審決は、引用例記載の発明においても本願発明においても、ストッパは移動バイスジョーに設けるものとされていることを前提として、移動バイスジョーを「本体バイスにおける移動バイスジョー」とするか「送りバイスにおける移動バイスジョー」とするかを相違点としたものである以上、相違点の判断における「本体バイス側」とは、本体バイスと送りバイスを対立させたうえでの「本体バイス側」、すなわち、本体バイス自体を指すものと解さざるを得ない。

このことは、審決が、「ストッパを設けるにあたり、本体バイス側に設けたものは、本件出願の出願前において周知慣用の技術的手段である。」との記載に続いて、いきなり「しかも、・・・ストッパをバイスにおける移動バイスジョーに設けるにあたり、」として、上記「周知慣用の技術的手段」により、ストッパがバイスにおける移動バイスジョーに設けられることを当然の前提としたうえでの説示をしていることからも裏付けられる。

また、ストッパを送りバイスの最後退位置よりも後ろ側に設けることはあり得ない(それでは、位置決め後に送りバイスでつかむことができない。)から、送りバイスの最後退位置からみれば、必ず送りバイスよりも本体バイスの位置する方向に設けざるを得ない。したがって、「本体バイスの側」を「本体バイスの位置する方向」と解釈したのでは、「本体バイス側に設けた」との限定自体が無意味となってしまうから、この点からも「本体バイス側」とは本体バイス自体を指すものと解さざるを得ないのである。

ところが、本件全証拠によっても、「ストッパを設けるにあたり、本体バイス自体に設けたもの」が本願出願前に周知慣用の技術的手段であったと認めることはできない。したがって、審決は、周知慣用の技術的手段についての認定を誤ったものというべきである。

(2)  被告は、乙第1、第2号証刊行物が、「ストッパを設けるにあたり、本体バイス側に設けたもの」であると主張する。そして、この主張は、審決のいう「本体バイス側」とは、「本体バイスの位置する方向」との趣旨であることを前提とするものと解される(ただし、どこからみて「本体バイスの位置する方向」かは、不明である。)。

しかし、審決の前記「本体バイス側」を被告の主張するように解することができないことは、前示のとおりであるから、被告の主張は、審決が理由としていない周知慣用の技術を根拠とするものであって、本訴において主張することが許されないものである。

(3)  のみならず、「ストッパを設けるにあたり、本体バイスの位置する方向に設けたもの」が周知慣用の技術的手段であるとしても、「ストッパをバイスにおける移動バイスジョーに設けるにあたり、本体バイスにおける移動バイスジョーに設けた」との相違点に係る本願発明の構成は、引用例記載の発明にも、上記周知慣用の技術的手段にも存在しないから、引用例記載の発明に上記周知慣用の技術的手段を適用しても、相違点に係る本願発明の構成が容易に得られるものではない。

この点に関して、被告は、バイスそのものにストッパを設けることは、送りバイスについてではあるものの引用例にも記載されているから、ストッパを設けるに当たり、本体バイスそのものに設けた点は、当然に選択される事項であると主張する。

イ しかし、前記第2の4(2)及び(3)に係る本願発明に係る明細書の記載に徴すれば、ストッパを送りバイスに設けることと本体バイスに設けることとは技術的に異なり、両者を同一視することはできないものと認められる。ところが、引用例には、ストッパを本体バイス自体に設けるように変更することを動機付ける記載はない。

ロ また、以下のとおり、「ストッパを設けるにあたり、本体バイスの位置する方向に設けたもの」という周知慣用の技術的手段を、相違点に係る本願発明の構成を得るための動機付けとなるものということもできない。

(イ) 乙第1号証によれば、乙第1号証刊行物には、「送りバイス機構13,13’が締まり被切断物M,M’をつかんで15,15’の摺動面を前進し、前記のカム20により適当に調整された定寸ストッパー16,16’に突き当り押しつけられる。次に固定バイス機構12,12’が被切断物M,M’を締め付け、・・・帯鋸刃フレーム3が下降して切断作業が開始される。」(2欄29行ないし3頁1行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、乙第1号証刊行物記載の発明においては、ワーク(被切断物)を、ストッパ(定寸ストッパー)に当接した位置において本体バイス(固定バイス機構)で締め付けて切断するのであるから、ストッパを本体バイス自体に設けてしまっては、本体バイスでワークを締め付けることができず、切断もできなくなるため、切断装置の機能を失うことが認められる。以上のとおり、乙第1号証記載の発明においては、ストッパの位置を本体バイスに変更する余地はないから、乙第1号証記載の発明は、引用例記載の発明のストッパを本体バイスに設けることの動機付けとなるものではない。

(ロ) 甲第4号証によれば、引用例には、「材料Wの先端が定寸バイス3の後端面に当接すると、リミットスイッチ4cがONし、駆動鉛直ローラ11を停止する。これにより、材料Wはその先端がAの位置へ位置決めされる。次に、第4図に示すように、定寸バイス3を位置Aから所定の微量lだけ前進した位置Bにまで移動させ、材料Wの先端との間に隙を開ける。」(3頁左下欄6行ないし12行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、ストッパ(定寸バイス)は、位置決め後にワークとの間に隙を開けられるように移動できるものでなければならないことが認められる。

一方、乙第2号証によれば、乙第2号証刊行物には、「先端位置決めストッパー装置93における位置決め板95に素材の先端部が当接して、素材先端部の位置決めが行なわれた後、送材バイス機構45によって素材が挟持され、次に油圧シリンダー111等よりなる回動起動装置109の作動により、回動板97が第5図において反時計回り方向に回動して送材バイス機構45等との干渉を回避すべく送材作用面から没入する」(19頁2行ないし9行)との記載があり、第5図において反時計方向とはストッパ(先端位置決めストッパー装置)がワーク(素材)から離れる方向となることが認められ、以上の事実によれば、乙第2号証刊行物記載の発明においても、引用例記載の発明同様、ストッパは、位置決め後にワークとの間に隙を開けられるように移動する構成が採用されていることが認められる。そうすると、引用例記載の発明と乙第2号証記載の発明を総合したとしても、ストッパは、ワークが当接した後、ワークから離れて隙を開けられるように移動できるという条件付きで、その設置位置を選択できることが導かれるにすぎない。ところが、引用例記載の発明の本体バイスは送材方向に移動不可能であって前記条件を満たさないものであるから、乙第1号証記載の発明は、引用例記載の発明のストッパを本体バイスに設けることの動機付けとなるものではない。

ハ 他に、当業者がストッパを本体バイス自体に設けることについての動機付けとなるものが知られていたと認めるに足りる証拠はない。

ニ 何の動機付けも認められない以上、上記相違点に係る本願発明の構成を、当業者が当然に選択できたということはできない。被告の主張は理由がない。

2  以上のとおり、相違点についての審決の判断は誤りであって、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点につき論ずるまでもなく、審決は、違法であって取消しを免れないことが明らかである。

第6よって、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 阿部正幸)

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